『時代を生きた女たち』~宝石箱のような一冊





この本はまるで宝石箱だと思った。35個の輝くアンティーク・ジュエリーが入っている。どれも全部違って個性的なデザインの。

私は時々美しく老いている人―男でも女でも―を見て、芸術品だなと思うときがある。その人が一生をかけて作り上げてきた人格や外見。生い立ちもその後の経験も含めて、全部がその人の表情や姿勢や立ち振る舞いや考え方を作り上げる。いい加減に生きて来たのでは作りえない気品や自信が表に現れている。

有名人であるなしに関係なく、あるいは時には年が若くても、幼少期から数十年の間でも日々培ったものがあれば、どことなく芸術的な人もいる。そういう人が年を重ねると、それこそいぶし銀のような魅力になるのだろう。そして、それがお似合いの夫婦だったとしたら、それは二人の個性がまじりあって支え合う本当に素敵な芸術的カップルだ。

実際そんな風に思わせてくれる人は少ないのだけど…ましてや宝石になるほどに原石を磨くことは難しい。

この本に出てくる35人の女性たちは、いずれも輝くばかりの才能を発揮した人たち…有名なところで、大山捨松、人見絹江、岡本かの子、小森和子、皇女和宮、沢村貞子、与謝野晶子、長谷川町子など…時代もジャンルもいろいろの、作者の植松三十里さんがほぼご自分で選んだ対象の一代記を、化粧品メーカーの月刊誌に連載してきたものであり、それが一冊にまとまっているのだが、こんなに様々な人の人生を書いてしまう植松さんの守備範囲がまずすごい!

私の全然知らなかった人も多い―茶貿易で財を成した大浦お慶、明治の天才マジシャン松旭斎天勝、輪島塗の名工天野わかの、女性初のパイロット兵頭精、アイヌの天才少女知里幸恵、『里見八犬伝』を口述筆記した滝沢路、富士山頂で気象観測をした野中千代子など、半分近くは名前も知らなかったり、聞いたことはあってもよく知らない人だった。明治期に東北地方を旅したイザベラ・バードやハワイ王朝最後の王女プリンセス・カイウラニなど、日本にゆかりのある外国人も紹介されている。

へ~、こんなえらい女性がいたんだ、と驚かされる。一人一人の密度の濃い人生が、生い立ちから死ぬまでにわたって、じつに分かりやすくまとめられているので、あっさり気軽に読めてしまう。とくに興味を持った人物がいたら、評伝や自伝を呼んでほしいと、植松さんも書いている。

「この中にあなたの目指す女性がきっといる」と表紙に書かれているが、敢えて考えてみると、みんなすごすぎて、私のような凡人には目指せそうにない…そういう人は、「十年寝太郎」でもいいから、流されてもいいから、平凡な日常を生きていればいつか花が開く、晩年に活躍した人も多いのだから、と作者はあとがきに書いている。

私の世代(1967年生まれ)は、進学したかったけどできなかった、離婚したかったけど経済力がなかったという母親が多かったり、男女の機会が均等化されてきた時代だったので、大学に進学して就職させてもらうのがわりと当たり前で、結婚や出産は、社会に出てやるだけやってみてから考える、という風潮が強かった。たぶん同級生の半数近くは結婚していないかもしれない。結婚しても子供がいなかったり、離婚した人も多い。つまり家庭的であることはあまり尊重されていない時代の申し子だ。

では結婚や出産をせずに、あるいはそうしたところで仕事を優先して、この本にある女性たちのように、自分の人生を投げうってまで、大義や人や家族のために、あるいは社会のために生きたかというと、それはない。自分のために、という感じが一番しっくりくる。

う~ん、この違いは何だろう。時代なのだろうか。少なくともここに出てくる35人の女性は(太宰治と心中した山崎富栄や坂本龍馬の妻の楢崎お龍など、社会的に活躍しなくてもそれなりの男性を支えた女たちも)、出自が普通ではない。資産家か家柄がとてもいいー家老の家とか、将軍の孫とか、議員とか、さもなければ、親が天才ピアニストとか漢学者とか。そういう社会的地位の高い家に生まれて、教養のある親や親せきに育てられて、選ばれた人間であることを早い時期から自覚していたのではないだろうか。

私は子どもの頃『偉人の話』という本が好きで、そこに出てくる人たちに憧れていた。たしかフランクリン、キュリー夫人、画家のミレー、良寛さま、豊田佐吉などが出てくる本だった。その人たちの滅私奉公の生き方にえらく感動していた私は、大きくなったら「偉人」になりたいと、本気で思っていた。今でもどこかにそういう気持ちはあって、せっかく生きているのだから、そして子供もいないのだから、何か社会的に役立つことに人生を使いたいとは思うのだけど、現実はどうもままならない。

だいたい親が普通である。農家に生まれた父は(おおもとは武士の家らしいが)、とにかくお百姓さんより楽な仕事をしたいと工業系の学校に進学し、メーカーに勤務したのち脱サラして商売をした。母は21歳で結婚して、商売は忙しく、二人とも高邁な志を持っていたわけでもないし、ましてや子供を「偉人」に育てるなんて考えもしなかったであろう。

働き者で明るくて真面目でやさしくて、とてもいい親である。でもそこからやっぱり鷹は生まれないのだろう。私は本が大好きな子供だったが、親は本を読むより家の手伝いをさせたがった。こうして適度な田舎で育った私は、のんびりと欲もなく、欲もないから向上もしない代わりに敵も作らず、なんとなく平和に生きてきた。もちろんそれなりに勉強や仕事の苦労はしたけれども、この本に出てくるような壮絶な体験はない。人生はスタートから決まっちゃっているのかな。

もし私が大山捨松のように、会津藩の家老の家に生まれて、戊辰戦争で城に立てこもり、目の前で家族を殺されて、北海道で凍死か餓死しそうになって、フランス人宣教師の家に預けられて、親の希望でアメリカに留学させられたら、そしてそこからは自分の努力だけど、祖国の人たちの希望を背負って一生懸命勉強して、世界を見て日本に帰ってきたら、私もきっと女子教育をしようと思ったかもしれない、津田梅子のような同志がいたら。そして大山巌のようなフランス留学をした陸軍大臣のプロポーズを受けたら、彼と結婚して、鹿鳴館で国際外交を果たそうと思うかもしれない。

あるいは、山崎豊栄のように、裕福で教養ある家庭に育ち、親の事業を継ぐ立場にあったら、私だってそれなりに頑張るだろう。そこにハンサムで今を時めく太宰治がやって来て、「死ぬ気で恋をしてみないか」と言われたら…彼がほかの女との間に子供を持っても、彼のために貢ぐし、心中してくれと言われたら、してしまうかもしれないな。

私がどうのという前に、生い立ちから人生はある程度決まっているのだろう。

だけど中には共感できない人物もいる。与謝野晶子に生まれていたらどうだったのだろう。彼女も同様に、資産家の教養ある家系である。私がそのように生まれ、文才に長けていたら、やはり与謝野鉄幹の才能と男ぶりに惚れただろう。そして彼が次々女性を作ったら…この時代、私でも離婚はしないかな…だけど11人も子供を産むなんて…いくら産児制限ができない時代でも…よっぽど鉄幹を愛していたのだろう。しかも鉄幹がパリへ渡るとなると、その子供たちを妹に預けて、パリへ行ってしまうなんて。育てられずに里子に出すほどの数の子供を産んだり、何度裏切られても夫を愛し続けたり―これはちょっと共感するには難しすぎるシチュエーションだ。そんなに多くの子供を妹に預けちゃうというのもすごい。これは晶子が常人じゃないというより、時代もあるだろう。そのくらい子供がいるのは珍しくないし、ほかの女性の例にあるような、戦争や病気で夫や子供が次々死んでしまうというケースもよくあったことなのだろう。

というわけで、立場の違いというより、時代の違いが、彼女たちへの共感や理解を阻むことになる。それから、知的障害児の施設を創った石井筆子や二千人もの日米混血児を救った澤田美喜などは、おそらくキリスト教信仰がベースにあっての偉業だと思う。日本の教会の父と言われた植村正久が「自分を犠牲にしてまでしての善事は、自分を本尊にしてはなしえない。神を戴いてこそ、自分を超える力が発揮される」と言っているが、この二人の女性などは、まさにその通りに生きたと言える。自分を犠牲にしても取り組みたい大義、そのための努力や勇気は、個人の中から出てくるものではないだろう。私にはそこまでの信仰心がない…

最初に彼女たちの人生を宝石に例えたが、その美しく輝く人生は、いずれも原石が磨かれてみがかれてできたものだ。尋常でない苦労や哀しみや努力によって磨かれたものである。教養ある家柄に生まれ、社会的な意識の高い素地ができたところへ、没落して貧乏になったり、戦争で負けたり、親が死んだりと、必然的に苦労を強いられる。その苦労が深い信仰に導かれることもある。今の世の中は、原石を磨くような苦労や哀しみが存在しない。

そのくせ、一人の子供を育てるだけでもたいへんという、なぜだか自分のことでいっぱいいっぱいのゆとりのない女性ばかりになった。あるいは社会の何に役立っているのか分からない会社で身を粉にして働く女性ばかりになった。この本にある女性のように、勇気やオリジナリティを発揮することより、そつのない社員、そつのない妻、そつのない嫁、そつのない母親―こうした役割を果たすことが一番だと思わされて生きている。それは今も昔も同じかもしれないけど。

今の世の中で一番成功している女性って誰だろう?女性の政界進出が目立つ。イギリスもドイツも女性が首相だし、アメリカでもフランスでも大統領候補は女性だった。日本でも小池さんをはじめ知事に女性が増えて来たし、女性党首や大臣も珍しくなくなった。一方で、「イクメン」などという言葉があるように、仕事も子育ても男女が協力して行うことがだんだん当たり前になってきている。つまり昔に比べて女性の社会的に活躍できる時代になったのだろう。それは、この本にあるような、女性たちの苦闘の歴史によって徐々に実現したのだろう。今や、女性だから、とか、女性ならでは、という言い方も古いのかもしれない(今回は女性の本を書いた女性の植松さんも、男性を主人公にした硬派な歴史小説をたくさんものにしているし…)。

時代が人を創る。そういう意味では、現在のヒロインは、断捨離の提唱者のやましたひでこさんや、ときめきの片付けの近藤麻理恵さん、ミニマリズムに火をつけたゆるりまいさんなどが、大量なモノに溺れそうになりながら捨てることのできない現代人の救世主といえるかもしれない。彼らの活動は確実に社会の役に立っていると思う。

AKBなどのアイドルたちは、オタクとか草食系というような新しいタイプの男性の救世主といえるかもしれない。相当の経済効果は生み出している、少なくとも…


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35個のアンティーク・ジュエリーの入った箱のような本を閉じて、私は思う。凡人の親を持ち、のんびりした時代の田舎育ちの私には、どうしたって時代の急流についていけそうにない。でも流れに棹さして、十年寝太郎をきめ込んでいれば、いつかきっと何かの機会に人さまのお役に立てるかもしれない。有事に役立つときに備えて、平和な時は寝ていよう、そのまま平和ならそれはそれで…

そして、毎日を淡々と生きていても、心がけさえ悪くなければ、それはそれなりに素敵な作品になるでしょう。いぶし銀のような、素敵な皺のあるおばあさんになれるといいのだけど、とりあえずは、ジーンズが似合ってギターのうまいおばあさんを目指している。




『ネグレクト』&『「子供を殺してください」という親たち』、そして羽仁もと子②

前回の続き

インパクトあるタイトルだなあ


作者の押川剛さんは、問題児の親や兄弟から依頼され、当人を説得し精神病院に入院させたり、自分の施設で保護監督するという仕事をしている。そして、その子を含む家族を物理的精神的にケアしながら医療関係者や雇用者とつないで、暴力等の再発を抑えようとされている。

しかしまあ、こんなに難しい仕事もないわね。親たちから「子供を殺してください」といわれるような仕事だなんて。こんな仕事、世界のほかのところにあるのだろうか。ヒットマンならいるだろうが。

もしかしたら、これは日本固有の仕事かもしれない。というのは、親の命が脅かされるほどの状態に子供がなってしまったのには、日本独特の世間体を気にする体質がありそうだからだ。こうした親はたいてい世間体を気にするだけのエリートである。普通の家だったらそこまで気にしないかもしれないけど、家柄がよく一族みな高学歴の家では、子供に大きなプレッシャーがかかる。子供は勉強ができて当たり前で親を喜ばせようと一生懸命だ。兄弟の全員が勉強が得意というわけではないのに、常に出来にいい方と比べられる。

そういう子供は高校生や大学生ぐらいまではなんとか頑張っても、受験や就職の失敗で、一気に爆発してしまうのだ。学校へ行かなくなる、会社へ行かなくなる。でもそういう家庭たいてい裕福なので、生活には困らないし、うっぷんを解消するための浪費も支えられる、そのことが事態を一層悪化させる。

しかも家柄がいいから、子供の引きこもりや狂暴化が周りに知られないようにしてしまうので、ますます子供がつけあがる。この本に出てくるケースはほぼ同じパターンである。母親も父親もあまり挫折したことがなく、子供の気持ちが分からない。あたふたと子供の言いなりになって奴隷化する母親と、仕事が忙しいからと見ないふりを決め込こむ父親。しかし、彼らの命が脅かされるようになると、第三者に依頼するしかなくなる。

こうした親の苦悩も分かるが、親を殺そうとするくらいにめちゃくちゃに気が狂っていく子供たちがほんとうにかわいそうだ。そんなことしたいわけがないが、どうすることもできない。一番喜ばせたかったお母さんを一番苦しめている自分がどれだけ哀しいだろう。病院に送られるときは、裏切られた気持ちでいっぱいだ。遅すぎた反抗期は何倍も何倍も激しいのだろう。どれだけのプレッシャーだったろう。

作者の押川さんは、大人になれなかった子供たちに振り回され、時に嫌悪しながらも、やはりその親たちに戦う覚悟がないと指摘する。いつまでも世間体を気にし、人のせいにし、お金で解決しようとしたり、子供を見捨てようとしたり…

羽仁もと子は、「富貴の家ほど子供の教育に悪いことはない」とはっきり書いている。彼女の創刊した『婦人之友』も自由学園も、当時はエリート家庭が主な対象だった。金持ちの子供は、比較的、虚栄心が高く、生活力が乏しくなりがちだと、雇人のいない学校を創って、自ら掃除や料理もさせている。物質的な豊かさが必ずしも教育的にいいとは限らないのだろう。

自らがエリートの親たちは、勉強のできない子供が理解できない。本当なら、そのままのお前でいいんだと言ってほしかったに違いない。誰もが一人違った個性と特質を持っている。

そして子供の方も、いつかは親が完璧でないことを知る必要があるだろう。親も親なりに精いっぱいだったのだ。親子だけでない、人間関係はみな同じだ。誰もが完璧じゃないことは、自分が一番よく知っているはずだ。人を許せない人は、まず自分を許していないのかもしれない。

羽仁もと子は、「すべての子供がよく出来得る子供である」といって、子供によっては覚えるのが早い子もいるし遅い子もいて、それは学力に関係がない、親や教師の忍耐と工夫次第で、たいていの子供を自ら勉強をするよう導いていかれると書いている。

『教育三十年』より

一人の人間を、あるいは学科からあるいは行儀作法から、あるいは他の局部的の長所や短所からみてほめたり貶したりするような教師や親にはなりたくないものです。そのためにまず親が教師が学校が、その愛する子供たちを十分に理解するために、ほんとうに飾らずに人間的な親しみと尊敬を交わし合うことが第一です。親と教師、親と学校の対立ほど、子供の進歩と教育に有害なものはなく、親と教師の同情と親しみほど、子供もたちの心情を豊かにし幸福になしえるものはないでしょう。(そうして)すべての子供が、すぐれた人になる道を、勇んで堂々とふみ出してゆくことができるものです。

う~ん、なんか根本的なことが、今の教育から抜け落ちている気がする。親だけでは教育できないが、今の学校や社会は、どこまでひとりひとりの子供の教育に真剣なのだろう。

ネグレクトも子供の親殺しも、親だけの問題じゃない、社会問題だというのはたしかである。子供がいないからという私だって社会人として、今のこういう社会をつくった何らかの責任を負っているに違いない。誰も悪気はないのに、殺伐とした世知辛い、生きずらい社会を無意識に作っているのだ。人は人、自分は自分、われ関せずと、子供にとって夢のない社会を作っている、知らず知らずに。

政治家も行政担当者も子殺しも親殺しも、私には誰も批判する資格がない。

もと子の教育はキリスト教信仰と切っても切り離せない。父なる神によって恵まれない人間はいない、という。彼女の究極の教育論は以下の通りだ。

教育の目的は何ぞというきく人があれば、真の自由人を作り出すことこそ、真の教育の目的であると、私は熱心に主張したい。
 考えてみよう、各々の意志の自由、その意志というものはどうしてできるか、意志は瞬間の間にできるものでなく、その人の長い間のあり方によって成長し定まってゆくものである。端的に言えば教育の力でできてゆくものである。
神のみ心によって、その経綸の中に他の万物とともにつくり出され、お互いに助けあい関わりあって生きる所の人間は、その教育も訓練もまた神とそうして万有とによってなされる。一人一人についていえば、その自分を教育してくれる、あらゆるものの示してくれる与えてくれるところのものを受け入れて、自己の生命を養い育ててゆかなければならない。
すなわち取ってもって自らを教育してゆく最重要最高最後のものは、自分のほかにないはずである。人はよく教育されて、よい人間に成長しつつあるならば、その意志もかならず正しく働くはずである。右せんか左せんかの決定は、いつでもただ自分一人の責任である。人間はそれがあるがゆえに貴く、人権の尊厳もそこにある。しかしそこに到るまでの教育は大切である。 
人はみな神と万有の力に感謝しつつ、虔(つつし)んでその教育をうけ、かかわりを生きなくてはならない。人の中にきまりきった一人の先生もなく、生徒ならざる一人の人もいない。みな共に学ぶ同志である。あらん限りの思いを尽くし力を尽くして、だれでも一心にみずから学びつつ進歩してゆかなくてはならない。
またそのようにして学んだこと、発見したことを精いっぱい実行して、この天地の中に活かしてゆくことが、神の経綸に奉仕つつ万有を助け治めてゆくことになるのである。同化も協力もまたその中にできてゆくのである。

私もまた生徒の一人に他ならない。




『ネグレクト』&『「子供を殺してください」という親たち』、そして羽仁もと子①



副題は「真奈ちゃんはなぜ死んだか」


自由学園の創立者の羽仁もと子の研究を細々続け、今ライトとの関連の文章を書いているのだが、羽仁もと子といえば幼児教育のパイオニアでもある。たくさんの育児に関するエッセイを書いているし、実際に幼児生活団という今でいう幼稚園も創立した。長女の説子はその道の研究者で、幼児教育の権威でもあった。戦争中に子供の疎開をいち早く国に提案したのも彼女だ。

残念なことに私は子供ができなかったので、もと子の育児エッセイを役に立てることはできなかったが、それに基づいて教育した人たちはたくさんいるだろう。皇后陛下の美智子さまももと子の愛読者でいらっしゃったし、おそらく皇太子をはじめとするお子様たちにも、もと子の提唱する子育て方法を取り入れられたと思われる。紀宮様は幼児生活団の通信教育をご利用されたと聞いたことがあるし、英国の皇室で出産があると、自由学園工芸研究所の知育玩具をプレゼントされていらっしゃった。

知の巨人、立花隆さんが何かの本で、お母様がもと子の信奉者だったのでその方針で育てられたと書いていたし、生物学者の福岡伸一さんのお母様とはもと子の創刊した『婦人之友』の愛読者の「友の会」の中心的リーダーで、ご一緒に仕事をしたことがある。あの明晰なお母様をして福岡さんのような秀才が育ったのだと納得する。

絶対音感という概念をいち早く教育に取り入れたのももと子で、生活団からはオノ・ヨーコや坂本龍一などの才能が出ている。

なので、私は妹に子供ができたときに早速生活団を勧めたし、友達に子供が生まれたりすると、もと子の本を読むように勧めたりしてきた。

だけど、どうも今は時代が違うようである???

私も自由学園に広報担当者として勤めたことがあるし、中学で教師をしている友だちや甥もいるし、保育園に勤めている姪もいる。フリースクールのようなところで働いている甥もいる…子供はいないけど、そのように周りに子供の教育にかかわっている人がいて、いろいろ話を聞いている。甥が保育園に勤めていた時、保育園の実情を垣間見たりもした。

う~ん、確かに、私が子供だった頃とずいぶん違っている。羽仁もと子の教育論は時代遅れなのかな…ネットをいろいろ見ているうちに、なぜか標記の二つの本を読んでみる気になった。現代の教育といっても極端なケースであり、いずれもかなりショッキングな内容だったが、ある意味現代の子育ての現状と結果を描いているとも言えなくはない。

『ネグレクトー育児放棄』の作者の杉山春さんも、『「子供を殺してください」という親たち』の押川剛さんも、それぞれこの極端なケースが単なる事件ではなく、すでに社会問題であると指摘している。ここまでのケースに至らなくても、子育てに関する親の葛藤や苦しみ、子供の孤立感と閉塞感が、ますます増大しているのが現状だというのである。

ふたつの本はある意味で反対の立場から書かれている。前者は夫婦が長女の育児を放棄した結果死に至らしめたケース。後者は子供の狂暴化によって命が脅かされている親たちが、その子を病院や施設に送り込んでも退院しては同じ目に合わされるので、いっそ殺してくれないか、と作者に訴えるという話である。

親から子への暴力と、子から親への暴力。いずれもこれらに書かれたエピソードは、私の想像を絶する壮絶さだった。

簡単に言うと、前者は幼馴染の男女が十代で女の子を産んだが、自分たちの幼さゆえに、うまく育てられない。そのため発達が遅れるのだが、さらに男の子を出産したため、長女がいっそう疎ましくなって虐待を繰り返す。良かれと思って介入してくる親たちが、一層事態を悪化させ、最後は長女が餓死してしまう。逮捕された夫婦の裁判を通じて、作者は彼らと手紙をやり取りしながら、味方になることもできないが、犯罪者と決めつけることにも疑問を呈す。

私は最初はもっと単純な話かと思っていた。子供が安易に子供を産んで、面倒になって放棄したら死んじゃった、みたいな。彼らの家族も行政も見放していたのだろうと。これはかなり有名な事件としてマスコミでも騒がれたらしいが、彼らは鬼畜のようなレッテルを貼られ、裁判では有罪になったらしい。

事実はそんなに単純ではなかった。若い二人(作中では智則と雅美)は若いなりに熱烈に愛し合い、授かった命(真奈ちゃん)を二人で大切に育てていこうと決心する。智則の両親は最初は反対していたが、息子に高校を卒業させたいからと、母子ともに自分の家に引き取って一緒に暮らすことになる。智則の母聡美は、孫をたいへんかわいがる。雅美の母も納得して、やはり孫をそれなりにかわいがる。智則は高校を卒業して就職し、若い親子は社宅に引っ越しする。

案外普通の人たちである。真奈ちゃんは望まれて生まれ、夫婦仲はよく、双方の両親も協力的で、金銭的にもさほど困らない――そのままいけば、そうだった。
誰もが真奈ちゃんをめぐってベストを尽くそうとしていたのだ。だから登場人物のだれが悪いと責めることもできない。歯車が一つ狂ったら、全部だめになってしまった。赤ちゃん、という大人の思いのままにならない存在が、若い母親の一人のものになったとき、すべてが狂っていった。

行政――つまり保健所、児童相談所の介入も、私が思っていたよりずっとまともだった。虐待が予想される一人の子供をめぐって、あれだけ多くの人たちが話し合いをもったり心を砕いていたとは思わなかった。作者や弁護団は行政担当者の対応の問題点を指摘したが、子育てというプライベートなことに、あれほど行政が関心を払っていたとは、私は全く知らなかったので驚いた。

しかし母親が心を開いて助けを求めないかぎり、行政も助けることはできない。

一言で言えば、真奈ちゃんの母親の雅美が、親になるには子供すぎたのだ。義母の好意を受け入れられない。実母には本音は言えない。仕事で疲れている智則の気持ちを察することができない。発達が遅れている真奈ちゃんが恥ずかしくて、保健所の担当者に会いたくない。担当者は心配して何度も訪ねたり電話をするのだが。

だけど雅美を責めるのも難しい。子育ては誰にとっても大変なのだから、というより、彼女の育った環境からして、愛情深い母親になるのは無理だ。彼女自身が貧困家庭で父親に性的な虐待をされている。じゃあ母親の秀子が悪いかといえば、彼女自身も虐待と貧困に苦しめられていた。

智則にしても母の聡子は次男を失くし、ギャンブル好きの夫に苦しめられて離婚した。そんな母親の感情のはけ口として、智則もまた体罰を受けて育っている。母はホステスとして働き始め、再婚して経済的に豊かになったが、今度智則は学校でいじめにあう。
おそらく聡子もまた虐待されて育ったのだろう。

負の連鎖である、さかのぼればどこまでも続く…

愛された記憶のない雅美も智則も大人を信用できない。だから子育てに行き詰まると、ストレスを通信販売やゲームに向けてしまう…

私のようにかなりまともな両親を持つ場合でも、いろいろなかけ違いからいじめにあい、親や先生に相談するほど信用もできず、今でもなにかと不必要に人に気を使ってしまって、疲れて、面倒になると正面からぶつからずに身を引くというところがある。誰も責めない代わりに、距離を置く。人を信用しないわけではないけど、自分の欲求をぶつけたりはしない。ただ、雅美より大人な対応ができるだけだ。

自分の好きな世界に没頭する、それが人によってはお酒だったり、通販だったり、パチンコだったり、ゲームだったり、ショッピングだったり、私の場合は子どもの頃から読書や書くことだったり、みんななんとかストレスを発散して人と傷つけあわないように生きているのだろう。

子供を餓死させたのも、若い夫婦の本意ではなかったし、そこまでひどい状況だと知らない彼らの母親たちも最後まで孫を心配して、最後の最後まで毎日のようにメールをしたりもしていた。みんな切ない生い立ちを抱えながら精いっぱいだったのだ。裁判を通して、それぞれの事件後の対応を見ていると、だれも反省をしていない、反省ができない、智則をのぞいて。反省とは大人の理知的な行為だから。

雅美は子供のままだった。裁判中は第三子を妊娠していたが、「真奈のためにもこの子を産んでしっかり育てたい」などズレたことを作者や母への手紙に書いている。母の秀子は、そんな娘の手紙をマスコミに公開する、まるで他人事のように。彼女も子供なのだ。智則の両親は面会にも来ない。手に負えなくなれば他人事だ。彼らもまた子供である。誰も自分の責任というものが分かっていない…。ただし智則だけは収監中にたくさんの本を読んで論理的に考えて深く反省してたと書いている(ただし殺意については認めず上告した)。

一体こういう子供な人たちを、どこまでさかのぼって責めたらいいのか分からない。羽仁もと子は、教育は三代かかる、といっていた。良くも悪くも、真奈ちゃんを見殺しにする(本意ではないにせよ)人たちを育てるのに、たしかに三代はかかっている。

羽仁もと子の子育て本は、どちらかというと子供を甘やかさず一人の人間として自分の欲求の意味が分かるように、授乳も睡眠も基本的には時間を決めてだらだらしてはいけない、というものである。親の気まぐれで子供を振り回したり、子供の欲求に無制限に答えているだけだと、自ら生きる力の弱い子供になると警告していた。そうかといって四角四面に決めたことをするのでなくて、子供一人一人の個性と欲求を理解して、その子にあった方法を母親が自ら考えらえるようなヒントがたくさん書かれている。

今の子育ては、とにかく愛されている実感が伝わるように抱き続けることだというのもある。私にはよくわからないが、それはそれで母親は大変であろう。仕事をしていたらまず無理だろうし、母親こそが神聖な仕事だというのも無理がある。職業を持っていても頑張って子育てしている人もいるし、昔はそこまで母親がべったりでなかったが、まともな人が育っている。だいたい10人も子供を産んでいた時代もあるのだ。その時代の子育てはそんなに難しかったのだろうか?

やはりいろいろな意見を参考にしながらも、母親が周りの協力や理解の中で、きっちり子供に向き合って、自分で考えるしかないのだろう。みんなそれぞれ違っていい、どれが一番ということではないと思うのだが、情報が多すぎて考える力がなくなりそうだ。


羽仁もと子の『教育三十年』より

おさなごはみずから生きる力をあたえられているもので、しかもその力は親々の助けやあらゆる周囲の力に勝る強力なものだということを、たしかに知ることです。のみならず、そうしてその強い力がわれわれに何を要求しているかを知ることです。人は赤ん坊のときから、その生きる力はそれ自身の中にあります。母親が自分の持っている知識や感情を先にたてて、知らず知らず赤ん坊の自ら生きる力を無視していると、赤ん坊というものは容易にそのほうによりかかって、そうして自分の中に強く存在しているところのみずから生きる力を弱めてゆくものです。
(そうすると)自分の生命のほんとうの要求が自分にわからなくなってくるのです。そしてただ眼前の苦痛や満足や喜びや悲しみのみに囚われて、そればかりを訴えたり表現したりするようになります。したがって母親をはじめ周囲のものが、その赤ん坊の真の生命の要求でないところの、その場その場の浅はかな訴えに動かされて、さまざまの処置をするようになる。その結果は赤ん坊の真の命ははぐくまれずに、当座の感覚的欲求ばかりが日に日に強くされてゆきます。こうして丈夫に生まれても弱くなる赤ん坊や、良知良能が授かっているのに、全くききわけのないわがままな子供や、頭脳(あたま)の悪い子供が出来てゆきます。


そしてもう一冊の『「子供を殺してください」という親たち』の方は、むしろ子供に期待をかけすぎたり甘やかしすぎたというケースである。


つづく

『無伴奏』~感情を失くしてしまった私





辛くて長い苦しい翻訳作業の合間の気晴らしにアマゾンプライムで配信されている映画を、二日にわたって観た。『無伴奏』。主演の成海璃子が好きというだけで、何の前情報もなく観た。

それは哀しい映画だった。哀しいはずの、お話し。

観終わって、とても奇妙な感覚に襲われている、涙一つでなかった冷め切っている自分に。見ている間はその世界に浸っている自分がいた。登場人物のだれにでも共感できるとも思った。1969年という、我が国の経済が上向き出して、学生は反体制運動に忙しく、戦後のくびきから離れた、今よりずっと若くて騒々しい日本。平和に慣れ切った多感な女子高生の空虚感を埋める様な、大学生との出会いもうまく描かれていた。

控えめで繊細でミステリアスな大学生は、文学少女の心を一瞬でとらえ、キラキラした恋が始まる。誰にでも経験のある若い新鮮な恋・・・のはずだったが、実は彼には秘密があった・・・

そして悲劇的なラスト。映画の原作者は小池真理子。これは半自伝的小説の映像化とある。なるほど、ということはこのドラマは実際にあったことなのだろう。若いうちにこんな経験をすれば、たしかに彼女は小説家になる運命なのかもしれない。

映画にはテーマがある。この映画のテーマは60年代末期という時代なのか。しかしこの映画の恋愛は時代的要因より、むしり普遍的な気がするのだが。いややっぱりあの時代の恋愛なのだろう。成海璃子扮する響子という女性の、ひたむきな想い。矛盾を感じても裏切られても愛し続ける女の気持ち。そしてその彼女を愛そうとしても愛しきれない男の不器用さ。その背景にあるもう一つの恋愛。

ここまで書いたらネタバレだが、やはりあの時代は男と男が惹かれ合うほど、人間関係も濃かったのかなと思う。誰もが知っている老舗の息子の渉(池松壮亮)と、父親に愛された記憶のない祐之介(斎藤工)がお互いにないものを相手に見つけてしまったのか、学生運動を通じて絆が一層深まったのか。幼馴染だというから、どちらも幸せだったとは言えない家庭環境の中で、互いがかけがえのない救いの存在になったのに違いない。

そんな彼らがそれぞれ異性の恋人を得てから、歯車が狂っていく・・・

今の恋愛関係は、もっと自分本位で、突き詰めたところまで行く前に、あるいは徹底的に傷つけあう前に、自分を守るために別れてしまうような気がする。この響子のように、相手の事情を全部知った上で愛し続けるには、他者への強い理解や共感がなければ成り立たないと思うし、その共感や理解は、落ち着いた家庭環境における読書や詩作という形で育まれたのであって、現在の女子高校生の精神年齢レベルでは無理であろう。日本人はもうこうした、自分の感情を抑えるような、大人の恋愛はできないのかもしれない。

恋愛小説の名手とでもいうべき小池真理子という作家もまた、時代が生んだ作家であり、いずれ読まれなくなってしまうのかもしれない。

ところで昔から同性同士の恋愛はあったのだろう。男同士の友情は女性のそれよりずっと強そうだし、同性だからこそ理解し合い、それがすぎればそこからは恋愛の領域に入ると言えるのかもしれない。繊細な男が感情的な女性を疎ましく思う気持ちも分かる。一方で、男性同士の恋愛はこの頃の日本ではかなり公認されてきていて、ドラマでそうしたカップルが描かれることも珍しくなくなってきた。そこで今回の映画化があったのかもしれない。

なので、おそらく小池真理子の原作は女性視点が強く、映画のほうは矢崎仁司監督による男性目線がはっきり出ているのかもしれない。

タイトルの通りバッハの無伴奏曲が全編を通じて流れていて、静かなトーンとレトロな映像が、苦悩を抱える登場人物たちの抑えた演技を引き立てていた。主役の三人ははまり役だったと思う。

しかし悲しいかな、見ている私の心はどんなまぶしい恋愛のシーンにも悲しい結末にもあまり動くことがなかったのだ。それは映画が悪いのではなくて、私の心もまたいつの間にか瑞々しさを失ってしまったからなのだろう・・・

『キャンディ・キャンディ』という小学生の頃に流行っていたアニメがある。孤児院で育った少女キャンディが様々経験をしながら大人になっていくという、1900年初頭のアメリカを舞台にしたかなりロングランのストーリーで(いがらしゆみこ作)、私はそのテレビ放送を毎週とても楽しみにしていた。漫画の方は『なかよし』という雑誌に載っていて、テレビよりちょっとはやく世に出るのだが、たまたま廃品回収中に私はその古雑誌を見てしまい、キャンディが恋人のテリーと別れるシーンを読んだら、あまりの哀しさで一週間ぐらいご飯が喉を通らなかったことを覚えている。

それからもう少し大きくなって高校生の時に映画『ロミオとジュリエット』を見たときは涙が枯れるくらい泣いたし、『慕情』や『追憶』を見たときにも、胸が張り裂けそうに痛かったのを覚えている。初めて原書で読んだ『マディソン郡の橋』や『さゆり』は、読み終わってからしばらく何日も甘く哀しいムードに襲われていたものだ。

今は、見ている間だけは感情がすこし動き、見終わったらしらばくの余韻があるだけ過ぎない。この映画を見ての一番の感想は、自分の感情がこんなにも薄くなってしまったことが悲しい・・・ということである。今は翻訳で頭がいっぱい過ぎて、感情が特に鈍っているのかもしれないけど・・・